主の平和―御霊(みたま)と共に生きる オズワルド・チェンバーズ著サンプル
罪に覆い隠された心は恐ろしいものです。なぜなら人の心を動かさないからです。人はこう言うでしょう。「私の心はそれほど醜くはないし罪を犯しているわけでもない。新しく生れ、聖霊に満たされると言うこうした主張はまったくもって馬鹿げている。」人の心は本能的にイエスの福音を必要としていながらも、むしろ求めずに逆らおうとするものです。ですから男性、女性問わず罪を定める神の御霊をもって、人々の心の中で根本的な恵みの働きを経験する必要があります。
内なる平和が無知に基づいている場合があります。しかし私たちがかつてない勢いで押し寄せる大波のような人生の問題にぶつかるとき、主から来るものでない限り内なる平和は不可能です。主イエスが平和を語ると私たちは平和でいられます。あなたは主イエスが語った平和を受け取ったことがありますか?
黙想への問いかけ 私はどんな平和を持っているのでしょうか?それは私が何者なのかを告白し神と和解することから来る平和ですか?それとも自分が何者であるかを直視せず神を拒否することから来るものですか?
引用元『Biblical Psychology (聖書心理学)』『Christian Discipline(キリスト者の訓練)』© Discovery House Publishers
内なる平和が無知に基づいている場合があります。しかし私たちがかつてない勢いで押し寄せる大波のような人生の問題にぶつかるとき、主から来るものでない限り内なる平和は不可能です。主イエスが平和を語ると私たちは平和でいられます。あなたは主イエスが語った平和を受け取ったことがありますか?
黙想への問いかけ 私はどんな平和を持っているのでしょうか?それは私が何者なのかを告白し神と和解することから来る平和ですか?それとも自分が何者であるかを直視せず神を拒否することから来るものですか?
引用元『Biblical Psychology (聖書心理学)』『Christian Discipline(キリスト者の訓練)』© Discovery House Publishers
この読書プランについて
『主の平和 御霊(みたま)と共に生きる』は世界で最も親しまれているデボーションの書き手であり『My Utmost for His Highest』(邦題 『いと高き方のもとに』)の著者であるオズワルド・チェンバーズの著作からのクリスチャンとしての気付きに満ちた引用集です。神の安らぎを見つけ、人生における神の平和の重要性についてより深い理解を得ていきましょう。
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この読書プランを提供して下さった、Discovery House Publishers に感謝します。詳細については、こちらのウェブサイトをご参照ください。www.utmost.org