喜び―主にある強さ オズワルド・チェンバーズ著サンプル
クリスチャン生活の始めの頃は、神の祝福はとても感受性が豊かで、感情に左右されるので、クリスチャンは信仰よりも目で見えるものと歩む傾向があり、神の愛おしみは神の御手にあるような気がします。しかし、神がこれらの快適さから引き下がられるとき、神にある喜びが今まで通りではなくなるとき、神の臨在が甘いものではなくなるとき、そして、見たこともない鈍い灰色の(もし誰かがそう表現するなら)が霊的生活の上に覆いかぶさるとき、それは人生の訓練のときです。
しばらくは魂が深い闇に陥るでしょう。しかし、やがて気がつき始めるのです。神は、祝福の光の中を歩むことと、神の八福(はちふく)の教え(訳注 山上の垂訓での八つの幸い)の体験に入ることの違いを教えようとしておられるだけなのだと。または、もっと簡単に言うなら、神は魂を宗教的な気分や感情の領域から抜け出し、信仰の領域へと連れていこうとしておられるのです。
黙想のための問いかけ 神はどのような方法で、人が作ったこの世の祝福ではなく、八福の教えの天の光の中を歩むことを教えておられるか?
引用元『God’s Workmanship(神の技量)』© Discovery House Publishers
しばらくは魂が深い闇に陥るでしょう。しかし、やがて気がつき始めるのです。神は、祝福の光の中を歩むことと、神の八福(はちふく)の教え(訳注 山上の垂訓での八つの幸い)の体験に入ることの違いを教えようとしておられるだけなのだと。または、もっと簡単に言うなら、神は魂を宗教的な気分や感情の領域から抜け出し、信仰の領域へと連れていこうとしておられるのです。
黙想のための問いかけ 神はどのような方法で、人が作ったこの世の祝福ではなく、八福の教えの天の光の中を歩むことを教えておられるか?
引用元『God’s Workmanship(神の技量)』© Discovery House Publishers
この読書プランについて
『My Upmost for His High(邦題「いと高き方のもとに」)』の著者であるオズワルド・チェンバーズ氏の知恵を、「喜び」についての洞察を集めたこの宝箱から見出してください。毎日のデボーションはチェンバーズ氏の書籍からの引用と、あなた自身のための「黙想への問いかけ」という形式で進められています。彼のシンプルでまっすぐな聖書の知恵であなたを魂を踊らせ、課題を差し出される中で、神様ともっと対話したいと願うあなた自身に気が付くことでしょう。
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We would like to thank Discovery House Publishers for providing this plan. For more information, please visit: www.utmost.org