コロナ禍でも恐れず、信仰に立つサンプル
私に対する影響は?
嵐が近づいているとき、私たちの最大の関心事は、その嵐が自分にどんな影響を及ぼすのか、ということでしょう。自分は一人ではないと思い出すことも大切ですが、私たちが荒れ狂う嵐の海を渡る間もずっと、イエスが共に舟に乗っておられることを忘れないでください!荒波にもまれている最中(さなか)でも、信仰によって踏み出す勇気を持ってほしいのです。
本音を言えば、コロナ禍で私たち誰しもが持つ最も大きな疑問は「どんな影響が自分にあるのか」ということではないでしょうか。
深刻な悩みをもたらすことは明らかです。既に、多くの人の命が奪われました。多くの人が職や事業を失いました。実際、この先も困難が待ち受けているでしょう。率直に言いますと、キリストを信じる人たちの心にさえ、恐れを抱かせるものが、更に来るのです。
ガリラヤ湖で小舟に揺られていた十二弟子を思い出してください。真夜中に嵐に襲われた彼らは、命の危険におびえていました。そのとき、イエスが湖の上を歩いて弟子たちの方へ近づいてこられるのを見て、彼らは更に恐怖を感じました。しかしペテロは「主よ、あなたでしたか。では、わたしに命じて、水の上を渡ってみもとに行かせてください。」と言いました。イエスが「私だ。来なさい。」と言われましたので、他の11人が恐怖でためらう中、ペテロは舟からおり、荒れ狂う水の上を歩いてイエスのところへ行ったのです。
この嵐の最中で、あなたならどうしますか?信仰によって一歩踏み出しますか?それとも、恐怖に尻込みしますか?
自分に照らし合わせて考えよう
- 正直に答えてください。今現在、私利私欲や自己防衛本能はどれくらいあなたの心を占めていますか?
- 舟の中で命の恐怖におののいて身を寄せ合っていた弟子たちに(彼らはその前にイエスが5千人に食物を与えた奇跡を行われたのを目にしていました)、どれくらい自分を重ね合わせることができますか?
- 嵐のまっただ中、荒れ狂う波の上を歩いて近づいてくださるイエスは、あなたにとってどんな意味がありますか?
- もう一度、正直に答えてください。荒れ狂う海に一歩踏み出したペテロと、彼以外の11人の弟子とでは、どちらに自分を重ね合わせることができますか?
- コロナ禍において、信仰によって一歩踏み出す勇気を主が与えてくださるよう、時間をとって祈りましょう。
この読書プランについて
イエスを信じる人々を含め、多くの人びとの心が恐れにとらわれているこのような時こそ、信仰に堅く立ちましょう。大胆な信仰によって、周りの人たちの心にイエスの愛の光を輝かせようではありませんか。ChristianityworksのBerni Dymet氏はこの読書プランの中で、みことばを明らかにし、聖霊があなたの中に静かな確信を吹き込む手助けをしてくれます。
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