王なるイエス―イースターのデボーション Timothy Keller著サンプル

JESUS THE KING: An Easter Devotional By Timothy Keller

9日中 8日

「十字架につけられた王、イエス」

大祭司がイエスに「あなたは、ほむべき者の子、キリストであるか」と聞きただしたとき、イエスは「わたしがそれである。」と答えられました。このように答えられたことによって、イエスは「わたしは神の栄光に満ちてこの世にやってきて、全世界を裁く。」と語られているのです。これは、驚くべきことばです。イエスは、ご自分が神であると宣言なさっているのです。

イエスは、ヘブル語聖書からさまざまな本文、テーマ、イメージ、比喩、箇所を使ってご自分が誰であるかということを告げることができたはずです。しかし、その数多くの中から、特にご自分が裁き主だと言われました。イエスは私たちがその矛盾に目をとめざるをえないように、意図的に特にこう言われたのです。そこには非常に大きな立場の逆転が起きています。全世界の裁き主であるお方が、この世に裁かれているのです。イエスが裁きの座についておられるべきで、私たちは鎖につながれて被告席にいるべきです。すべてが逆さまになっています。

イエスが裁き主であると宣言するやいなや、また神であることを宣言するやいなや、騒然たる反応が起きました。マルコはこう記しています。

イエスは言われた、「わたしがそれである。あなたがたは人の子が力ある者の右に座し、天の雲に乗って来るのを見るであろう」。 すると、大祭司はその衣を引き裂いて言った、「どうして、これ以上、証人の必要があろう。 あなたがたはこのけがし言を聞いた。あなたがたの意見はどうか」。すると、彼らは皆、イエスを死に当るものと断定した。そして、ある者はイエスにつばきをかけ、目隠しをし、こぶしでたたいて、「言いあててみよ」と言いはじめた。また下役どもはイエスを引きとって、手のひらでたたいた。
(マルコによる福音書14:62-65)

大祭司が自分の衣を引き裂くというのは最大限の憤慨、嫌悪、そして深い悲しみのしるしです。その後の裁判は全部がめちゃくちゃになりました。実にもはや裁判ではなく暴動です。陪審員や裁判官はイエスにつばきをかけ殴りつけはじめます。裁判の最中に、彼らは完全に逆上しました。イエスは即座に冒とく罪で有罪判決を受け、死刑に定められました。

あなたや私は文字通りイエスの顔につばきをかけることはできませんが、それでもあざ笑ったり拒絶したりすることはあるでしょう。私たちはどのようなことでイエスが神であることを否定しがちになるのでしょうか?

抜粋書籍
JESUS THE KING Timothy Keller著 © 2011 Timothy Keller
Penguin Group (USA) LLC, A Penguin Random House CompanyのメンバーであるRiverhead Booksより再販
JESUS THE KING学習ガイド Timothy Keller, Spence Shelton共著©2015 Zondervan, a division of HarperCollins Christian Publishers
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この読書プランについて

JESUS THE KING: An Easter Devotional By Timothy Keller

ニューヨークタイムズのベストセラー作家であり、著名な牧師でもあるTimothy Keller氏が、マルコによる福音書で語られているイエスの生涯のエピソードを分かち合います。これらのエピソードをよく知ることで、イースターまでの間に、神の子の生涯と私たちの人生の関係について新たな気づきを得られるでしょう。「JESUS THE KING(王なるイエス)」はスモールグループのための書籍と学習ガイドがあります。書籍が売られている所ならどこでも入手できます。

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ペンギンランダムハウスのメンバーであるRiverhead Books発行の書物より抜粋。HarperCollins Christian Publishers発行の学習ガイドより抜粋。詳細についてはこちらを参照してください。http://www.penguin.com/book/jesus-the-king-by-timothy-keller/9781594486661 または http://www.zondervan.com/jesus-the-king-study