より大胆に ― 不完全な人々の大胆な信仰を見つめてサンプル
第2日 エステル
今日はエステル記の途中、44章から読み始めましょう(もちろん、エステル記のすべてを読んでから、デボーションに入っても大丈夫です!)。ペルシア王のアハシュエロスは、自分の命令を無視したワシュティ王妃を退け、ユダヤ人のエステルを妃に迎えました。王の側近であったハマンは、エステルの叔父であるモルデカイを嫌っていました。モルデカイが、ハマンに敬礼することを拒んだからです(ユダヤ人が敬礼する対象は神だけでした)。モルデカイへの憎しみをユダヤ人全体に向けたハマンは、事実を歪めて、全ユダヤ人を殺さなければならないと、アハシュエロス王を説き伏せます。そして、間違った情報を与えるような人物に信頼を置いた王は、この進言に同意してしまうのです。
エステル記4章では、王妃という立場を用いてユダヤ民族を救わなければならないと、モルデカイがエステルに強く訴える様子が描かれています。そう言われても……と、エステルがためらうのも無理はありません。彼女が王妃になったのは、単に前妃が追い出されて代わりの王妃が必要だったから。そしてこの事件が起きたとき、エステルはひと月も、王からの召しにあずかっていなかったのです。そんな状態で、エステルが王に話をすることなど、許されるでしょうか? 王からの召しなしに謁見(えっけん)しようとしただけで、実際に命を奪われる可能性もあったのです。
エステルは死の危険に直面しましたが、その勇気は突然湧いたものではありませんでした。モルデカイからの励ましとユダヤ民族の支えという二つの要素が、死を前にした彼女に勇気を与えたのです。あなたが何かのスポーツをする人であったり、あるいはスポーツ映画を見たことがあったりしたら、すっかり士気が落ちたチームに対し、コーチやキャプテンが「もう一度気持ちを奮い立たせて、試合に臨もう!」と、その理由を熱く語る様子を、容易に思い浮かべることができるのではないでしょうか。その言葉のおかげで、結果がどうであれ、お互いを信じて一緒に立ち向かうことによる一体感と確信が、チームに勢いを与えるのです。エステルが経験したことも、これと同じようなことでした。モルデカイの言葉に説得され、王からの召しなしに謁見を願い出る決心をしたエステルには、サポートが必要でした。そして王への謁見に備えるために彼女は近しい人々に、自らと共に断食を行うように求めました。さらに、でき得る限りの人がこの断食に参加するよう呼び掛けてほしいと、モルデカイに頼んだのです。
エステル記 4章14節にあるモルデカイの言葉は、エステルを勇気づけただけではなく、恐れの中でも行動を求められる後の時代の人々にも力を与えています。「勇気づける」という言葉は、勇気を与えるという意味から来ています。私たちは、王への謁見を決意し、断食の計画を立てたエステルに、彼女の大胆な勇気を見ます。そして、姪であるエステルに、人々のために自らの力を使おう! という勇気を与えたモルデカイに、彼の大胆な信仰を見るのです。
ふりかえりと話し合いのための質問
1. 自分がやらなければいけないと分かっているけれど、やるのが怖いと思っていたときに、誰かの励ましによって、その気持ちがすっかり変わったことはありますか? それはどんなときでしたか?
2. 今、あなたの周りに勇気づけてあげられる人がいますか?
3. 誰かを助けられる立場にあるのに、恐れがあってそうできない状況にいませんか? 自分に必要な勇気を得るためにできる一歩があるとしたら、それはどんなことですか?
この読書プランについて
大胆であることは、大げさに振る舞ったり、世間の人々に知らしめたりすることではありません。それは、あなたの持てるものすべてをイエスに差し出し、その結果をイエスに信頼するという、シンプルな行為です。不完全な人々の、大胆な信仰を見つめる、7日間の冒険の旅に、あなたも一緒に出掛けましょう!
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