仕事のやりがい 見つけようサンプル
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あがなわれた労働
何か月にもおよぶきつい仕事の結果、取引が成立します。新製品立ち上げ成功の後売り上げがうなぎのぼりに急上昇します。新しいチームメンバーの参加により、チームにバリューとエネルギーが加わります。プロジェクトが予定通りに完了します。
困難と障害の中、私たちは成功を垣間見ることがあります。きつい労働の中にも希望を見いだします。神の恵みにより、私たちは罪に永遠にとどまることはないのです。
創世記にある創造の物語から、労働の起源について学ぶことができます。罪が入ったために、労働にはつらい現実があります。イエスはこの世を生き、罪の報酬である死をあがなうために十字架の上で死んでくださいました。このイエスの犠牲によって私たちは罪の奴隷となった人生から救われ、あがなわれるのです。人の罪のもたらすものからの解放はすでに始まっているということがわかります。来るべき世はどういうありさまなのかを垣間見られます。しかし、依然として毎日の労働の中で罪による障害に直面します。イエスが再臨しすべてのことを新しくされる最後の救いを待つのです。
キリストを中心とした視点
あがない主(ぬし)、キリストを中心とした視点を持つことで、日々の平凡な労働の中に希望と重要性を見いだせます。
イエスがこの世で日々を過ごされたこと自体が、究極的には私たちの日常をとても意味のあるものにします。イエスは私たちの罪をあがなうため、そして全被造物をあがなうために死なれました。労働も含めてです。キリストのあがないなしには、労働は罪の影響を被ったままでしょう。今、私たちの労働には意味があります。私たちは労働のあらゆる面にあがないのわざをもたらし、神の国を拡大する手助けができるのです。
福音という点から見ても、私たちは日々の働きを通して忠実に使える使命をいただいています。日々の働きは福音を新たな土地で伝えることや、まだ聞いたこともない人に伝えることではないかもしれませんが、この世で忠実に生きることは重要な役目です。
日々の労働で、イエスのよみがえりの希望を持ちましょう。そこではすべてのことが正され、罪がなくなります。無秩序に秩序をもたらし、隣人を愛でもてなし、行いのすべてで誠実さを発揮しましょう。
私たちの労働は、神の恵みの中で神の栄光のために行うことで、神の御国(みくに)がどのようなものかを表すことになります。
イエスの十字架の上での罪のあがないは永遠のもの、そして今日の罪のつまずきから自由にしてくださいます。イエスの罪のあがないによって労働に意味があり、神の栄光のためにおこなうことで労働が良いものになります。
ごみ収集の作業員は被造世界を毎日清潔に保ちます。会計士は混沌とした財政状態と試算表を秩序あるものにします。医者は病をいやし痛みを取ります。教師は子供と大人に知識とスキルを分け与えます。芸術家と音楽家は真実を様々な形でとらえて表現します。優れた労働倫理のあるところではどんな仕事でも被造物にあがないをもたらします。
あなたの労働の場ではあがないがどのような形で示されているでしょうか?
更なる学び
仕事から依然として充足感を得られませんか?こちらのブログ、 What Do You Do When Work Fails to Fulfill? を読んでみましょう。