こうして、すべての祭司は立って日ごとに儀式を行い、たびたび同じようないけにえをささげるが、それらは決して罪を除き去ることはできない。 しかるに、キリストは多くの罪のために一つの永遠のいけにえをささげた後、神の右に座し、 それから、敵をその足台とするときまで、待っておられる。 彼は一つのささげ物によって、きよめられた者たちを永遠に全うされたのである。 聖霊もまた、わたしたちにあかしをして、 「わたしが、それらの日の後、 彼らに対して立てようとする契約はこれであると、 主が言われる。 わたしの律法を彼らの心に与え、 彼らの思いのうちに書きつけよう」 と言い、 さらに、「もはや、彼らの罪と彼らの不法とを、思い出すことはしない」と述べている。 これらのことに対するゆるしがある以上、罪のためのささげ物は、もはやあり得ない。 兄弟たちよ。こういうわけで、わたしたちはイエスの血によって、はばかることなく聖所にはいることができ、 彼の肉体なる幕をとおり、わたしたちのために開いて下さった新しい生きた道をとおって、はいって行くことができるのであり、 さらに、神の家を治める大いなる祭司があるのだから、 心はすすがれて良心のとがめを去り、からだは清い水で洗われ、まごころをもって信仰の確信に満たされつつ、みまえに近づこうではないか。 また、約束をして下さったのは忠実なかたであるから、わたしたちの告白する望みを、動くことなくしっかりと持ち続け、 愛と善行とを励むように互に努め、 ある人たちがいつもしているように、集会をやめることはしないで互に励まし、かの日が近づいているのを見て、ますます、そうしようではないか。
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